最終章【天地】 あ、そういう解決なんですか、そうですか
アズラエルとジブリールと名乗った天使達の話がミハエルの行動の動機となる彼の過去の話から恵美の驚愕の真実に移っているようだが、俺は途中から話を聞いている余裕が無かった。現れたアズラエルを見てからずっと、これまででもっとも強いデジャヴと、それに伴う強烈な頭痛に襲われ、『ネフィリム』という言葉を聞いてから加速度的に悪化していた。俺は間違いなく、どこかで彼と会ったことがある。それがいつのことなのかを思いだそうとするが、酷い頭痛に阻まれ、思い出せない。
恐らく、思い出そうとすることを止めて体調の回復に努め、今の問題の解決を優先するのが賢い選択なのだろう。しかし、度々起こるデジャヴにいいかげん苛ついていた俺は無理にでも思いだそうとする。
断片的な光景がぼんやりと思い浮かぶ。幼い自分。天使を見上げている。
そこで妨害するかのように頭痛が酷さを増し、無意識に両手で頭をおさえた。断片的でも思い出したんだ、諦めるわけに行かないと記憶を探り続ける。益々激しくなる痛みに立っていられなくなり、頭をおさえたまま倒れた。
「どうしたんだ、お前さん!」
異変に気づいた九道が心配して声を掛けてきたようだが答えられない。俺はそのまま、気を失った。
※※※
夢を見ていた。夢の中の自分は随分と幼い。たぶん、小学生ぐらいの頃だろう。そこで俺は小学生の頃の記憶が曖昧だったことを思い出す。この夢はデジャヴの原因に関係しているのだろう。なぜだかそんな気がした。
その夏の夜、当時の自分は自由研究の天体観測の為に宝物の天体望遠鏡を抱えて、家の近くの星がよく見える場所まで走っていった。その夜は流星群を見ることができる夜で、幼い自分は空一面に流れる流れ星に感動していた。
それは唐突に起きた。ふと気づくと、辺りが光につつまれていた。まるで昼間のように明るい。
光の原因を知るために上を見上げた。星が落ちてきていた。近づくにつれ、光を放つそれがなんなのか、はっきりしてくる。まるで星だと思った光源は、人の形をしていた。人型が目の前に降り立つ。
光が弱まり、人型の容姿がわかるようになった。中性的というのか、その人物が男なのか女なのかわからなかったが、そんなことよりも気になったことがあった。
「てん……し……?」
思わず呟いていた。目の前の人物の頭の上には白く輝く輪っかがあり、その背には同じく輝く綺麗な翼が付いていて、まるで神話に出てくるような天使のような見た目をしているのだ。
自分の呟きに反応した天使のような人物は頷いて言った。
「いかにも。私は君たちの言う天使に当たる存在です」
天使と名乗る人物曰く、自分は天使の血をひいていて、ネフィリムという種族であり人間ではないらしい。そのままだと種族の違いからくる不都合で問題が起きるそうで、それを解決するために一度自分を天上界へつれていくのだという。
当時の自分には複雑すぎてよくわからなかったが、天使が悪い人ではないことはなんとなくわかって、従うことにした。
「では、これから天術を用いて天上界へ移動します。私の手を握ってください」
と天使が言いながらこちらに手を差し出してきたので、その手を掴むと、天使が呪文のようなものを唱える。すると強烈な光に包まれ、眩しさに目を閉じた。
次に瞼を開くと、そこはさっきまでいた場所ではなかった。それどころか、周りの景色は初めて見るものばかりで、日本の景色とは全く異なり、天上界についたらしいことがわかった。
「ここから儀式のための祭殿まで行きます。こちらへ」
そういって天使は自分の手を引いて歩きだした。
祭殿までの道中、歩きながら周りをきょろきょろと見回す。見れば見るほど、ここが日本でない遠くの場所なのだと思い知らされる。時折住民らしき人が通り過ぎるが、皆天使と同じように頭の上に輪っかがあった。
そうこうしているうちに大きな建物の前に着く。建物は凝った装飾がされていて、多分これが祭殿なのだろうとわかった。
祭殿の中へ入っていくと、大きなホールのようになっていて、上品な装飾に彩られている。その中央に人影がある。男性で、天使と同じような格好をしているが、男性の方が位が高いようだった。
「竜ヶ崎スバル様をお連れしました」
天使が男性に一礼し、報告した。
「ご苦労だった。後は俺が引き受けるから、今日はもう休んでいいぞ」
「わかりました。では、私はこれで」
そう言って天使は去っていった。やりとりを聞くに、やはりこの男性の方が上司だったようだ。
「おっさん、だれ?」
夢の中の自分が聞く。
「おっさんはやめろ。俺はアズラエル。四大天使の一人だ」
男性が答える。
「あずらえる……? 名前長い……」
「呼びづらいなら好きに呼べ」
どう呼べばいいか少し考え、夢の中の自分が答える。
「じゃあ、あずにゃん」
「それだけはやめろ」
即答で否定された。あずにゃんは嫌らしい。なんやかんやあってアズさんに落ちついた。
「それはともかく、お前はなぜ連れてこられたのか聞いているか?」
アズさんが聞いてきた。
「ねふぃりむ? がどうので問題がおこるから、それをどうにかするって」
「中途半端だな……。一応説明しておくと、ネフィリムは半分が人間、半分が堕天使のようなもので、そのままだと人間との構造の違いから主に寿命などに差異が起こる。これから行う処置はそれらの解消のためのものだ」
アズさんが説明してくれているが、夢の中の自分には入ってこなかった。なぜならこのとき時間が深夜に入っていて、幼い自分は眠くなっていたからだ。
「眠そうだな……処置中にお前がすることはないから、そこの台に横になったら眠ってもいいぞ」
アズさんに促され装飾の施された台に横になると、我慢できずに眠ってしまった。
「終わったぞ。起きろ」
アズさんに起こされる。特に変わった感じはしなかったので、聞いた。
「終わったの……?」
「ああ、処置は問題なく終わったぞ。後はお前を地上へ送り届けるだけだ」
アズさんが答えた。そのまま、アズさんに連れられて祭殿の外へ出る。まだ夜だった。来るときと同じ道だったので周りはあまり見ずに、雲のない星空を眺めていた。天上界の夜空には雲が無く、街灯もあまりないために肉眼でもはっきりと星が見えた。あまりの綺麗に思わず目が釘づけになっていた。
「星が好きなのか?」
それに気づいたようでアズさんが聞いてきた。
「うん」
答えながらも星を見ることはやめなかった。
「そうか……」
アズさんが申し訳なさそうに言うのが気になり、アズさんを見る。
「よく聞いてくれ。本来天上界と地上が関わってはいけないため、お前には天術をかけ、記憶と認識の改竄を行う。それによって、恐らくお前は星を好きではなくなるだろう。すまない」
アズさんが頭を下げる。よくわからなかったから聞いた。
「なんでそれで星を好きじゃなくなるの?」
「お前が天上界へ来る直前に天体観測をしていたからだ。天上界のことを何かの拍子に思い出さないよう、そのきっかけになりそうなモノにたいする認識を改竄する。そのため、星に対する認識が改竄され、好きではなく、あるいは嫌いになるかもしれない。本当にすまない」
アズさんが重ねて謝る。
「そっか……。それは決まり事なんだよね?」
「ああ、規則だ」
アズさんが辛そうに言う。
「なら、仕方ないよ。だから謝らないで」
本心だった。星が嫌いになると聞いて嫌だとは思ったが、どうしようもないことなら仕方ないと、幼心ながら思った。
「すまない……。いや、ありがとう」
そうしているうちに、天上界に着いたときの場所へ来た。
「ここで天術をかけ、地上へ送る。ここでお別れだ」
アズさんが言った
「そっか。じゃあ、さようなら」
そう言うと、アズさんが呪文を唱える。光に包まれた。
そこで夢が終わった。
※※※
目が覚めて、立ち上がる。頭痛は無くなっていた。
「お前さん、大丈夫かい⁈」
九道が聞いてくる。
「ああ、もう大丈夫だ。それより、思い出した事がある。俺は天上界へ行ったことがある。そうだな、あずにゃん?」
アズラエルに聞く。
「思い出したのか……そうだ。それとあずにゃんはやめろ」
アズラエルが答える。やっぱりいやなのか、あずにゃん。
「スバルん天上界来たことあるの?どういうこと⁉」
マロンが聞いてくる。
「俺はネフィリムとかいう奴で、その処置のため天上界に連れてかれたことがあるらしい。それとスバルん言うな」
「「「「な、なんだってー⁈」」」」
九道とマロン、シベリア、恵美がそろって驚いた。驚き方が完全に2chのノリだった。ふざけているのだろうか。ご丁寧にリアクションのとり方まで元ネタの通りだ。というか、恵美はこのネタわかるのか。
「お前さん、ネフィリムってのは本当なのかい?」
九道が聞いてくる。動揺しているのか、近い。
「そうらしいぞ。細かいことはわからんが」
九道を押しやりながら答えた。
「竜ヶ崎スバルはネフィリムであっている。さらに言えば、竜ヶ崎スバルはアザゼールの血をひいている。これは星河恵美もだがな。それが二人が狙われた理由だ」
アズラエルが補足した。
「「「「な、なんd」」」」
「それはもういい」
四人がまたやろうとしたのを遮り、アズラエルのほうを向く。
「俺たちがアザゼールの血をひいているのはわかったが、ミハエルはどうする気だったんだ?」
「ミハエルは堕天の際、一つの禁書と呼ばれるモノを持ち出した。ソレは生者を生け贄に、死者を甦らせるためのものだ。恐らくソレを使い、アザゼールを甦らせる魂胆だったのだろう」
アズラエルが答えた。
「その通りだ。まあ、目前で捕まってしまったがね」
声が聞こえたのでミハエルのほうをみると、簀巻きがジタバタしていた。立とうとしているらしいが、でかい芋虫が蠢いているようでキモい。見なかったことにする。
「気がつきましたか、ミハエル。あなたには私たちと共に天上界へ戻っていただき、罰を受けてもらいます」
ジブリールが言った。
「残念デスが、そうはトンヤがdownしないっスよー」
突然知らない声がした。
「誰だお前は!」
アズラエルが問いかける。
「給料のタメに面倒なworkをこなす女! その名は! 茶莉依っス!」
声の主が答えた。それはいいのだが、なんで東○版スパイダ○マンのノリなんだこいつは。アレな奴が増えてしまったと感じるのは決して気のせいでないだろう。
「サリエちゃんだ! なんでここにいるの?」
「前に会ったときと口調が違いませんこと?」
マロンとシベリアは茶莉依と名乗った少女を知っているようだ。
「よっスー、マロンちゃンにシベリアちゃン。ワタクシはお仕事nowっスよー。だからココにいテ、work用の言葉ユーズをしてるっスー」
仕事用の言葉遣いがコレなのはどうかと思っタ。……移ってしまった。頭を振って思考を正す。ついでに茶莉依に聞く。
「茶莉依といったか。何をしにきたんだ?」
「よくゾ聞いてクれましタ! ワタクシはソコのミハエルさンを回収しにキタのDEATH!」
こいつの台詞聞きづらい……。だが気になる点があった。
「この簀巻きを回収しに来ただと……? 悪魔が元四大天使に何の用だ」
同じことを思ったのか、アズラエルが茶莉依に聞いた。だが、悪魔?どういうことだ? ここで新しい事情ぶっこんで収拾つくのか?
「ワタクシは契約内容に従っテ代償の請求にキタだけっスよ。そレとソコの方、ワタクシは仕事をコンプリートしたラすグにget backすルので、収拾はダイジョーブっすよ」
途中からは俺を指さして答える茶莉依。地味に心を読まんでほしい。
「え、サリエちゃん悪魔だったの⁈ ……悪魔ってなに?」
マロンが聞いた。というか悪魔もわからないとかそれでいいのか。
「そっスよー。因みニ、マロンちゃンとシベリアちゃンが天使なのも気づいテタっス」
茶莉依がこたえた。それは兎も角。
「契約……ですか?」
ジブリールが聞く。
「えエ、そちらのミハエルさンが死者を甦らせルにあたっテ、サポートをスる代わりにミハエルさンの魂を頂く、とイウ契約デス。魂の扱いはワタクシらの専buy特許っスからねエ。儀式が成功しなかっタとはイエ、代償はキッチリ払ってもらうっスよ」
茶莉依が説明した。
「だが、ミハエルは罪人だ。こちらで正式に裁く必要がある。引き渡しはできない」
アズラエルが茶莉依に対して言った。俺としては、こんな簀巻きはとっとと回収してほしいんだが。
「そっスかー。けどワタクシは命ジられてキタだけですシ、ソノ辺の問題は上司のダンテ様にでも問い合わせテほしいっス。ワタクシはとっトとこんなworkをcompleteして、イエに帰っテ録画シタ深夜animation見たいんスよ」
悪魔も世知辛いらしい。
「どうしますか。アズラエル。正式な契約である以上、手出しはできませんが」
「そうだな……。神の判断に任せるしかあるまい。我々は一度もどることにしよう」
天使勢は話がまとまったようだ。そこでふと、ミカエルが黙ったままであることに気がつき、ミカエルを見る。
「お前はこれでいいのか、ミカエル」
「ああ、もともと、この計画がどうなったにせよ死ぬつもりだった。こうなった以上、輪廻の巡りに従って、あの世で彼女をさがすよ」
ミハエルはすべてを諦めたような顔で言った。どうでもいいが簀巻きなのにどうやって座ってるんだこいつ。
「まとまっタようナノデ、ミハエル=サンは回収していクっス。デハではミナサマ、ごきげんヨウ」
「アイエエエエエエエ」
そう言って茶莉依は黒い鎖を取り出し、簀巻きのミハエルにさらに巻き付け、それを引っ張って闇に消えていった。最後なんで忍殺語入ってたんだ。
「俺たちも天上界へ戻るぞ」
「ええ。マロン、シベリア、一緒に行きますよ」
「はい、ジブリール様。けれど、すこしおまちください」
「わたくしたちは彼らにお礼を言わなければなりません」
マロンとシベリアがこっちに来た。
「九道様、スバル様、助けていただきありがとうございました」
「ありがとうございました!」
礼をいう二人。マロンが殊勝にしている姿に不覚にも感動しそうになった。
「気にしないでよ。僕らも非日常が経験できて楽しかったしね。ほら、お前さんも何かないかい?」
そういって九道がこっちにふる。
「そうだな。なんだかんだで楽しかった。じゃあな、二人とも」
素直に言った。忘れてしまっていた大事なことを思い出したこともあってか、自分でも驚くぐらいすんなりと言葉がでた。
「「「…………」」」
俺の台詞を聞いた三人はだまってこっちをみている。
「なんだ、三人とも黙り込んで」
不審に思い聞いた。
「だってスバルんが、あんまりに素直だから……」
「本当にスバルですの?」
「お前さん、大丈夫かい? やっぱりまだ本調子じゃないんじゃ……」
「お前らの俺に対する認識が酷いのはわかった」
三人とも失礼だった。
「もう行きますよ、二人とも」
ジブリールが呼んだ。
「はーい! じゃあ二人とも、さようなら!」
「さようならですわ」
「ああ、さようなら」
「じゃあな」
天使四人は、かつて俺が連れて行かれたときと同じように光に包まれ、消えた。
「僕らも帰ろうか。ごめんね、恵美さん。大勢で押し掛けてしまって」
「いえ、こんなことなかなかなかったから、楽しかったです」
「そうか。じゃあ、さようなら」
「さようなら」
「さようならです」
そうして、この一連の事件(?)は終わりをつげたのだった。
※※※
一ヶ月後、俺は九道の家に来ていた。
「それにしてもうれしいよ。あれ以来、お前さんが星を好きになってくれて。いや、なったんじゃなく、戻った、だっけ。それで、今日は何をしに来たんだっけ?」
九道が聞いてくる。
「ああ。今晩だろう。ペルセウス座流星群。見に行きたいから手伝え」
「そうだったね。けどいきなりだね、流星群が見たいなんて」
思い出深いからな。小学校のあの日、俺が見に行っていたのも、それだった。だから自分にとっては、名前の由来であるプレアデス星団よりも印象深い。
「せっかくだし、恵美さんも呼んだらどうだい?」
「そう言うと思って、とっくに呼んである」
そう言ったところで、インターホンが鳴る。ちょうどよく来たようだ。
さあ今夜、星を見に行こう
※※※
天上界へ帰って来てから一ヶ月が過ぎた。マロンは今、パン屋のサトウくんのところに来ている。
「できたぜ。名付けて、天上界版ドーナッツセット、『ホワイトスペシャル』だ」
「わあい!」
ソーイチローにもらった色んなドーナッツのレシピが載っている本をサトウくんに見せたら「天上界版のドーナッツを作ってやる。一ヶ月待ってくれ」と言われてまだかまだかと待ってたけど、ようやく食べれるんだ!
「やっと見つけましたわ。マロン」
食べようとしたところで、シベリアが来た。
「これはマロンのだよ! あげないよ!」
「威嚇しなくても取りませんわよ。それより、もうすぐ星降りの夜が始まりますわよ?」
そうだった!地上で言うりゅーせーぐん? っていうのがあるってソーイチローから聞いてみんなで見よう! って言ってたんだった!でもドーナッツたべたいよう。
「ああもう、急ぎますわよ、マロン!」
そう言ったシベリアに後ろから掴まれて、引きずられる。けどマロンはドーナッツたべるよ! 一ヶ月も待ったんだもん! もぐもぐ。あまくておいしいよう。
「マロン! あなたも自分で歩いてくださいな!」
「どーなっつおいしいからできないよう」
「空腹のときとは反対に、幼児退行してるんですの⁈ 正気に戻ってくださいまし!」
あれ~なんでシベリアないてるの~どーなっつおいしいからいいか~。
まったく、どーなっつはさいこうだね!
END