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第三章【天二】 落ちたと思った? 残念まだだよ! でもや(以下​

 

落ちる。バームクーヘンが棚から落ちる。試験に落ちる。恋に落ちる。いろんな落ちることを体験してきたマロンだけど、物理的に「自分」が落ちるのは初めてかもしれない。……じゃあ貴重な体験じゃない!? ラッキー!

「なッ! わけないよ! どうしよう!」

 マロンはちょっとした不注意から、天国からまっさかさまに落ちてしまった。そして、落ちてからもう数分は経ったと思う。……あれ? 分って長い針だっけ、短い針だっけ……。あ、違うすごく長い針! 

「長い針ですわ! このおバカさん!」

 おお! そうだった。さすがはシベリア様! ……え?

「早く釣竿につかまりなさい!」

「シベリア! た、助けに来てくれたの!?」

 気が付くと、シベリアがマロンの丁度真上をものすごい速さで追ってきて、持っていた竿で、私の服に針をひっかけた。そして、

「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃ!」

 羽を必死に動かして、上空へ戻ろうとしていた。ああ、羽のしわが増えちゃうね、本当にごめんなさい!

「だ、ダメですわ! 全然止まりませんわ! ……というか! 貴女も翼を出して羽ばたきなさいな!」

「ええ!? でも許可が必要じゃ」

「今は緊急事態ですからっ! 誰もっ! あなたをっ! 咎めたりはっ! 致しませんわっ! ですからっ! はやくしてくださいなっ! も、もう……羽がちぎれてしまいそうですのよ……!」

 そ、そうかそうだよね! ここまで自分が頭の回らない子だとは思わなかった! それじゃ早速! 翼を生やして! 広げて! 大空をFLY AWEY NOW! して帰りましょう!

 よーし、NOW! NOW…… な……う? ……あれれ?

「あれれれれ? 翼の出し方忘れちゃった……」

「えええええええ!? ってああ! 釣竿が!」

「え? あ……」

 マロンがそうこうしている間に、シベリアの釣竿は限界を迎えてしまった。そして、無残にちぎれた糸と針を残した私は、また加速を始めて落ちていく。

「ま、マロン!」

「シーベーーーリーーーーアーーーーー!!!!」

 いつのまにか、空は真っ暗だった。その闇にシベリアも隠れてしまい、どうしようもない虚無感と、ああ、お腹すいたなぁといういつも以上の欲求が私を包んだ。

そういえば昔、絵本で読んだことがある。「夜の空は、死の海。輝きは、生命の最後の声」だったかな。読んだ当時はよくわからないフレーズだったけど、この瞬間、やっとその意味が理解できた。

「まんまるな月って綺麗に膨れたおもちみたいだなぁ…… 星はご飯粒みたい……」

 うん、やっぱり理解できてなかったみたい。……炭水化物には勝てなかったよ。

 

※※※

 

「なしてですか! マロンちゃんとシベリア様が穴から落っこちたんすよ? それなのに、勝手に下へ降りるなって、どないしてですか!? ……えええ? 神様からの指示? んなアホな!」

 それは突然のことでした。三十分ほど前、なんとマロンちゃんが地上界へ落ちていってしまったのです。急いで助けようと思ったのですが、なんとそこに特上天使様がズラーリとあらわれたのですぅ……。今、兄様が説得しているのですが……。なんと、地上へは降りるなとの一点張り……。どうしたのでしょうか。

「神様の命令は絶対です。背くこと、それは即ち反逆を意味します。ただちに引きなさい」

「なんでえ! 中級天使以下ならともかく、俺は上級天使やで? 飛行権利も認められてるやんか」

「神の命令は絶対です」

「んな、納得できるかい!」

「神の命令は、絶対です」

「……あかん、話が通じん」

 ゲートを閉鎖している特上天使と話を終えた兄様が、私たちのもとに戻ってきました。

「兄様ぁ……どうでした?」

「全然アカンわ。理由も分からん」

「おかしいですね。いつもなら、特上天使も親身に協力してくれるはずですが……。なにか、今地上に降りられるとまずいことがあるのでしょうか……」

 兄様の話を聞いて、モモも首をかしげている。私もなんか少し変だなぁって思った。なんだが、特上天使様たちはいつも以上にピリピリした雰囲気でゲートを封鎖しているし、なにより理由も話さないのもおかしいなぁと思った。

「確かに妙やな……。こうなったら強行突破するしかないっすね」

「やめてください兄様! そんなことしたら天罰がくだりますぅ!」

「だけどもさぁ!」

「そうだ、妹の忠告をしっかり聞いとけ。命が惜しかったらな」

「そうですよぉ兄様! って、あ、あなたは!」

 私たちは、聞きなれない声の方向に一斉にふり向いた。……けど、誰もいなかった。

「もうちょい下を見ろ! 下を! 貴様ら、このオレを馬鹿にしているのか!」

 そこには小さくて可愛らしい男の子が立っていました。たしか……

「も、もしかしてあなたが……最近四大天使になったという……イスラフィル様!?」

「そうみたいだな。あんまり実感湧かねぇが」

「イスラフィル様。どうしてここにいらっしゃるのですか?」

 モモがイスラフィル様の目線に逢うようにしゃがんで話しかけた。

「……それ、マジでやってんならぶっ飛ばすぞ」

「すいませーん、怒らないでやってくださいっす。モモちゃんも悪気があってやっとる訳じゃないっすよ」

 と、兄様もかがんでイスラフィル様に話す。

「じゃあ……オマエはワザとなんだな?」

 ど、どうしよう! イスラフィル様、なんだか怒ってる!? と、とにかく謝らなきゃ!

「ご、ごめんなさい!怒らないでください、イスラフィル様ぁ……」

「お前もしゃがんで話しかけるなぁ!」

 あ、イスラフィル様が収まった。けど、涙目だ。

「で、冗談はさておき。……何があったんですか?」

 モモちゃんが真面目な顔で、イスラフィル様に問いかけました。

「てめぇ! やっぱオレをおちょくってやがったのかよ! ……まぁいい。見てのとおり、地上でちょっと厄介なことが起こった」

「なにがあったんすか? もしかして、また地上界の連中が大戦争でもおっぱじめたんすか?」

「いや、違う。地上人の問題じゃない。こっち(天上人)の問題だ」

 イスラフィル様は、なんだか神妙な顔で、口を開いた。

「ミハエルの野郎が、いまさっき、天上界の重要な書物を持ち出して地上界へ逃亡した。……つまり、堕天したんだ」

「え? あのミハエル様が!? どうして」

 私は、素朴な疑問をそのままイスラフィル様にした。

「オレにも分からん。あいつは頭の切れる奴だったし、仕事に命を賭けてるヤツだったが、何を考えているのかはさっぱりだったしな。ただ、奴が何か企んでんのは確かだ。……ジブリールとアズラエルたちが地上へ向かっている。だから心配するな、お友達も無事、救助されるはずだ」

「そうですかぁ……。四大天使様が二人も向かわれているなら安心ですね」

「ですが、ミハエル様は四大天使の中心的存在です。必ずしも安心とはいかないはずでは。それに、ゲートの強固閉鎖もしているということは、なにか大がかりな策があるのですよね?」

 モモはいたって冷静にイスラフィル様に質問した。

「お前、ふざけてた割になかなか鋭いな……。そうだ。詳しくは言えないが、なるべく混乱をおさえたい点と、野次馬と内通者を地上界へ入れないためにゲートを封鎖した」

「なんてこったい……こりゃあ、「アザゼール」の堕天以来の大事件っすね」

 あ、兄様が今言った、アザゼールというのは、ちょっと前まで四大天使の一人だった女性です。詳しくは知らないのですが、地上界の男性と恋に落ちて天国を勝手に抜け出したそうですよ。……その時に天国の技術を一部持って行ってしまったそうで、今でも指名手配中の危険人物と聞いています。まさか、ミハエル様も同じ理由なのかな。

「オレたち四大天使が、迷惑をかけてすまなかった」

イスラフィル様はみんなの表情を察したのか、そういって頭を下げた。

「イ、イスラフィル様はわるくないですぅ! むしろ、閉鎖された理由を言ってくれてこっちも納得できましたし……」

 私も、イスラフィル様に頭を下げてお礼を言う。

「クルミさんの言う通りです。今は、マロンさんの無事を祈りましょう」

モモはそういって、心配そうな目でゲートを見つめていました。

 

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