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「どういたしましょう……。マロンを完全に見失ってしまいましたわ……」
マロンを完全に見失ってから、もう随分と時間が経っていますわ。ですから、もう地上界へは到達しているはずだと思い、わたくしはマロンを探して地上界の田舎道をずっと飛行しているのです。が、もう辺りはすっかり暗くなってしまっているので、見通しがとても悪いのですわ。全く、どうして地上人は均等にネオンを設置できないのかしら!
地上界の化学技術は天上界より上ですわ。釣竿といった簡単な技術から、「ましん」と呼ばれる人間や動物以外にも自由に動くものまで作り上げているのですから。ですのに、肝心なところで出し惜しみをしたり、使わなくてもよい非生産的な面にしか情熱を発揮できないところは、関心いたしませんわね。現に、私がこうやって光の天術を使わなければ、まともに前を見ることができませんもの。と、愚痴を漏らしていると……
「んん? あれはもしや!」
見慣れたロリータ服を着た、金髪に毛先だけがピンク色のいかにもマロンらしいマロンが、地べたにうつぶせになっているのを見つけましたわ。
「マロン! 大丈夫ですか! ほら、こんなところで寝ていらっしゃらないでとっととおきなさいな!」
「シベリア? ああ。とうとうお腹が空き過ぎて幻影が見えてきたみたい……」
「何を言っているのですか! わたくしは幻なんかじゃありませんわ!」
ふう、生きていてよかったですわ。どうやら、着地の天術か、浮遊の天術は覚えていてくれたようですわ……ぶふぅ!?
「えへへー。おまんじゅうだー。いただきまーす」
「ひょ、ひょっほはほう(ちょ、ちょっとマロン)!? ほほはらへほははひひゃひゃい(頬から手を離しなさい)!!」
い、いけませんわ! マロンは落下で体力をかなり消耗していて、それが解りやすく「極度の空腹」に出ているのですわ!
「は、ほう! ひっはひははい(マ、ロン! しっかりなさい)! ひゃー(ギャー)! ひひほはひふうひゃはひはへう(耳を齧るんじゃありません)!」
「味が、しない……。美味しく、ない」
「ふう、ようやっと解放してくれたようですわね……。全く、マロンの思考回路には捕食行為しか仕組まれていないのかしら。って、マロン! また地べたに寝そべって! ばっちいですわよ!」
「だめだ、シベリアさまー。もう、動けない、です」
ふむむ。救助が来るまでどこかで休憩したいのですが、この一帯に宿泊施設があるのかどうかわかりませんし、そもそもここが何処だか見当もつきませんし……。地上界のお金は天術で何とかごまかせますけど、困りましたわ……。
しかも、マロンも限界ですし、さっきから楽園とも連絡が取れませんし。なんて日ですの!
「大丈夫かい!? お嬢さん! 一体どうしたんだ、こんなところで倒れて!」
「……はぇ?」
「え?」
あ、あまりに考えすぎていて、近くに地上人が来ていることに気が付きませんでしたわ!
「ソレにしても、お嬢さんのその、……ロリータっていうのかな。随分と可愛らしい恰好はなんなんだ? 近くでコスプレ大会でもやっていたのか? うさぎのぬいぐるみまで持ち出して……」
ぬ、ぬいぐるみですって!? 無礼な! ……と言って差し上げたかったのですが、わたくしの見た目が地上界ではありえないということは承知しております。 というか貴方こそどうして白衣でこんなところにいるのですか!
「とにかく、今救急車呼ぶからね! もう少し頑張れるかい?」
「うーん……」
えええ!? ま、まずいですわ! 援軍を呼ばれれば、私たちの正体がばれてしまうかもしれないですわ! ど、どうしま……
「いえ、その必要はありません。お気遣い、感謝致します。瀟洒な白衣の紳士殿」
「……はい?」
え? ま、マロン? 今のセリフ、マロン、貴女が!?
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
白衣の紳士の困惑している模様ですわ。
「ええ。心配をお掛けしましたね。すこし、立ちくらみを起こしただけです。ですが、もし私を心配して下さり、何か協力して差し上げたいと思ってくださるのならば、一つ私も、その好意に甘えてお尋ねしたいことがあります。この近くに、宿屋はありますか?」
「……あ、ああ! うん! そうだねぇ……ホテルはここからじゃ遠いけど、この道を真っ直ぐ進んだ先にネットカフェはあったはずだよ。少し狭いけど、一晩泊まるならそこまで気にならないと思うよ。僕もよく利用してねぇ……。食事もできるしシャワーもあるから、割と快適なのさ」
「なるほど、そうですか。ご協力感謝いたします、白衣の紳士殿。このお礼はいつか必ず。……往きましょう、シベリア様」
「え、ええそうですわね……」
ど、どこかで聞いたことがありますわ。普通、動物は極限の空腹を迎えると、凶暴になるか、衰弱してしまうもの。しかし、中には命の危険を本能的に察知して、普段使っていない思考力、記憶力、行動力が解放される動物がいる……と。まさかマロンにそんな能力があるとは思いもしませんでしたわ。……というか、たかがお腹が空き過ぎただけで覚醒するなんてくだらな過ぎますわよ!
「……!! ぬ、ぬいぐるみが、しゃ、喋った上にと、飛んでいる!?」
あ、うっかりしてふつうに飛んでしまいましたわ……。まぁいいですわ。
とりあえず、そのねっとかふぇとやらに急ぎましょう。
「……どうやら、大丈夫じゃないのは僕の方みたいだ。つかれているのかなぁ。僕も随分と歳をとったみたいだ。でも、今の子なんというか、『空から落っこちてきた少女』って感じだったなぁ。……あ、早く戻ってロールキャベツ作らないと」
