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第七章【天地】 やっと捕まえたぜ! 仕方ない、経緯を説明しよう

 ――と、本来ならばここから張りに張った伏線が展開されたり、緻密に緻密を重ねたプロットが花開いて一大叙情(じょじょう)詩(し)的な物語が幕を開ける……って風になったりするんだろうが。

「さすがにそういう訳にもいかないっていうか、あんま時間かけるのも面倒くさいんで、一気に事態の収拾を図ることにした」

 時間は深夜。場所は星河恵美邸。そこで俺こと竜ヶ崎スバルと九道、そしてマロンやシベリアといった天界からの迷い子二名からなるパーティーは今回の騒動の中心人物、ミハエルをお縄につけることに成功した。こうなるに至った経緯にはそれこそ海よりも深く、山よりも高い、そして人の心よりも難解な追走劇が隠されているのだが、今は敢えて語るまい。それもやがてそうなるに相応しい刻(とき)が来るだろう……。

「いや、今語りなよ。むしろ今語らなくていつ語るんだい、お前さんは」

「全くですわ。これでは一体どうしてこんなことになったのか、読者の皆様は何もわからず、ちんぷんかんぷんになってしまうでしょう」

 そう言って俺に厳しい目を向けてくるのは、天体オタの九道と、喋るぬいぐるみのシベリア。なんて奴らだ。せっかく俺が説明という手間を抑え、早々と物語を解決。引いては皆のトラブルもなんやかんやのうちに解消され、これにて一件落着という計画であったというのに……。

「いや、それお前さんの勝手だよね? そもそもそんななんやかんやで物語終わらせられても、誰も納得しないから。下手にヤジ飛ばされて余計に面倒になるだけだから。何考えてるんだい?」

「面倒事をちゃっちゃっと片付けてのロールキャベツタイム。いい加減さっさと食わせろよホント」

「あんまりですわこの子。自分がロールキャベツ食べたいがためだけに、平気で一つの物語を犠牲にしようとしましたわよ。本当に大丈夫なんですの? こんなのが主人公で、本当にこのリレー小説は無事完結できるんですの?」

「うるさいよ、マスコットにもなれない説明うさぎが。だいたい――」

 そこで一度置き、俺は視線を横に動かして、とある方向を見るように二人に顎で示す。九道とシベリア、吊られた二人が見たその先には――

「きゃぁぁぁぁぁぁ! なにこのどーなっつ! すっごくおいしい! え? なになに? 地上の人って天術なんて使えないって聞いてたのに、どういうことなの!? こんなにおいしいどーなっつが作れるなんて、もうそれこそが天術よね! 特にこのポン・○・リン○? だっけ? モチモチしたこの食感がもう最高! あ、でもでも! このフレン○クルー○ーもマロン大好き! だってとってもおいしいんだもの! あー、ほんと幸せ。まさかこんなにたくさんのどーなっつを食べられるなんて。ねぇ! これ、食べていいのよね? 全部マロンが食べていいのよね?」

「え、と、その……たぶん、よろしいんじゃないかと」

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ! ありがとう、恵美さんってとってもいい人ね! きっとあなたの心は、まるであの星のようにきらきらと輝いているに違いないわ!」

「は、はぁ……それは、どうもありがとうございます……」

 ミ○ドで買ってきた大量のドーナッツを頬張る、準中級天使のマロンと、戸惑いながらその相手をする星河恵美の姿があった。

「あっちの主人公だって、ろくに物語展開できるか怪しいんだが。基本食い意地ばっかだろ。むしろ食い意地に羽が生えたような奴だろ。大丈夫なのか? いや本当に色んな意味で」

「…………ノーコメントでお願いしますわ」

 俺の言いたいことを察したのか、視線を明後日の方向に向けて、暗く沈んだ声で答えるぬいぐるみの姿があった。その肩にポンと手を置く九道。うん、理解は得られたようで何よりだ。

「というかだよ。お前さん、なんかキャラ変わってない? 今までと全然違うよね? 性格も喋り方も何もかも」

「はっ? キャラ違う? what's do you say? 冗談はやめろ。俺はいつもと全く変わらない。いつもと同じ、みんなのスバルくんだよ」

 こめかみに手を当てて、怪訝そうな顔で何やら質問してくる九道だが、俺はそれに断じて否と答える。そんなどこぞの二重人格キャラじゃないんだから、性格がぽいぽいと変わるわけないだろうに、何を言っているのやら。大学教授が聞いて呆れる。もっと現実的な視点で物を見よう。

「いやもうそこら辺からして大分違ってるから。お前さん今回の話までそんなキャラじゃなかったから。そんなどこかの厨二病みたいな語り方してなかったから。何があったんだい、ホント」

「マジレスするとあれだな。話書いてる(中の)人が変わってるからな。多少はあれだ、アニメの作画監督の個性みたいな感じでよろしく。それにこれ書いてる人、基本的にギャグパートではキャラ壊しまくるし」

「やめよう。そんな世界を崩壊させかねない発言は今すぐにやめよう。いや本気で今かなり危ないこと言ってるからお前さん。というか戻ってきて! 今すぐ元のお前さん戻ってきて!」

 いつになく真剣な口調で叫び、俺の襟を掴んで揺らしてくる九道。しかしそこまで心配することはない。なぜならば。

「まぁまぁ、落ち着け、九道。いくらこの作者が無個性系主人公を書くのが苦手でも、後の人までそうとは限らない。きっとこのパートが終わって次の人にバトンが渡る頃には、ちゃんと今まで通りの俺が戻ってくるはずさ、安心しろ」

「それいわゆる諦めだよね!? 問題をどうやっても解決できないから過ぎ去るのを待つパターンだよね!? っていうかちょっと作者の愚痴みたいなの入ってたよ!? いい加減ホントに止めて! 読者の皆様に失礼だから! こんな楽屋裏みたいなトーク見せたら駄目だから!」

「まぁそう言われればそうか……」

 仕方ない。こうなったら話題転換もかねて、ここらで一つ、どうして俺達が星河恵美の家にいるのかなどの経緯を、ざっくりとだが説明していくとしよう……長々と語るのは趣味じゃないが、先ほど二人に言われたように、このまま終わらせたのではあまりにも仕事がずさんに過ぎる。

 ――え? 件の捕まったミハエルはだって? あいつなら恵美の後ろで吊るされて寝てるよ。縄でぐるぐるに縛られて。

「いやだからそのノリ止めてって!」

 

※※※

 

 ――事態は昨日の深夜。俺達とミハエルが初顔合わせしたあの頃まで遡る。あの後、俺達はミハエルを探すことになった。九道とシベリアの「なんだか胸騒ぎがする。もう一度会って、あの人が何をする気なのか確かめた方がいい」という台詞と、マロンの「ミハエル様を探すの!? なら、みんなで一緒に探しましょ! みんなで力を合わせれば、きっとすぐよ!」という勢いに押されたが故だ。それに俺とし

ても、あの男が一体この地上で何をするのか、個人的に少し気になっていたのもある…………いや、違うから。別に「探すのに協力してくれたら、明日の晩もロールキャベツ作るから」って九道に言われたからじゃないから。本当に違うから。俺はそんな食欲馬鹿じゃないから。

 なんであれ、俺達はミハエルを探すことになり、それが縁でこの星河恵美邸に押し掛けることになった。理由は簡単。昨日の晩に会った時、ミハエルは「星河恵美」という名前を聞いた時、あからさまに動揺していたし、「器を探している」とも言っていた。この言葉に秘められた真意はわからないが、ここから奴が目的を果たす上で、星河恵美という存在が重要なキーマンになっていることが推理できる。ならばまず彼女を見つけ、尾行でもしていれば、いずれ奴の方から現れてくれるのではないかと思ったのだ(もちろん、一番はミハエル本人を見つけることではあるが)

 そしてそうと決まれば善は急げ。俺達は軽い食事と休息を終えて朝になると同時、ミハエル&星河恵美の探索を開始した。

 開始した、のだが……。

「まさかこうも時間がかかるとは思わなかったな。素行調査をする探偵の苦労を垣間見た気分だ」

「……もういい、もう突っ込まないよ。もうお前さんのそのノリには突っ込まないよ、僕は」

 探索中の苦労を思い出し、はぁとため息をつく俺と九道(九道の方は何やら意味合いが違いそうだが)。

そう、この人探し(そのうちの一人は天使だが)、思った以上にてこずったのだ。なにせこの広い大都会、人の数も半端ではなく、その中から特定の人間を探すとなると、それこそ砂漠の中に落ちた一粒のダイヤを見つけ出すことに等しい。最初はシベリアが使えるという天術の中に探索系のそれがあるらしく、内心当てにしていたというのに…………。

「まさか土壇場になって使えませんなんて言われるとはな……」

「ほんとそうよね~! シベリアだったらすぐにミハエル様に会わしてくれると思ってたのに~。もうマロンがっかり。がっかりよ、シベリア」

 いつからこちらの話を聞いていたのか、マロンがやたらと酷い意見を言っていた。確か先生と教え子みたいな関係だったはずだが、こういうのはありなのだろうか? あとドーナッツ食いながら喋るな、粉が飛ぶだろ。

「お黙りなさい、マロン! 頼むから黙りなさい! 心の底から! 使えないんじゃありません! ミハエル様はご自身の力でジャミングをかけられているせいで、そして星河恵美は情報が少なすぎるせいで、探し当てることが非常に困難だと言ったんですの!」

 するとシベリアがキッとした表情で俺とマロンを睨む。元が愛らしいぬいぐるみだけに、相当なギャップ感があるな、これは。

しかし、だ。

「結果的には同じようなものだ。結局君の天術とやらは、この探索においてほとんど役に立たなかったんだからな。君はケロちゃんにはなれなかったんだよ」

「そうよそうよ! シベリアの役立たず~!」

「こ、この食欲馬鹿コンビ……!」

「勘弁してあげて! 気持ちは僕にもわかるけど勘弁してあげて、シベリアちゃん! 今の彼にこれまでのノリは通用しないから! キャラだいぶ変わっちゃったから! 基本的にいつでもどこでもゴーイングマイペースな調子の男の子になっちゃったから! それにあれでしょ!? マロンちゃんのこの感じも今に始まったことじゃないんでしょ!? だったら落ち着こう! クールになろう! クールになって問題の解決に努めよう!」

 と、酷い侮辱(ぶじょく)のように思える言葉を吐きながら、俺とマロンに飛びかかってこようとするシベリアを羽交(はが)い絞めして抑える九道の姿があった。どうでもいい話だが、これ下手をすれば、おっさんが一人でぬいぐるみ遊びしてるように見えなくもない、非常に気持ち悪い光景だな。死んだ方がいい。

 そしてマロンは言いたいことを言って気が済んだのか、それとも目先の食欲の方に傾いたのか、ドーナッツを貪る作業に戻っていた。ある意味、ここまで自分の欲求に正直なのは尊敬すら覚える。真似したいとは思わないが。

 ――と、話が逸(そ)れたが、結果としてシベリアの天術はほとんど役に立たなかった。理由はあいつが言った通り、ミハエルはその四大天使と謳われるだけの高い実力をもって他者からの探索をジャミング、星河恵美はそもそも手掛かりとなる情報量が少なすぎたせいで探索不可という事態に陥ってしまったからである。まぁ星河恵美の方は、確かに『麦わら帽子を被った、星が好きな女の子。なんかよくわからないが儚い系。天使連中と何らかの関係があるらしい』という、あやふやどころか不鮮明と言っても過言ではない情報しかないため、正直無茶ぶりという気がしないでもないが……それでも落胆したのは事実。「大層な肩書きの割にはインターネットと同レベルか」「天界の術より、星の本棚の方が利便性高いかもな」と思ったものである。

「けど、名前とその『星が好き』ってのがわかっていただけでもよかったね。それがなかったら、ほんとに僕達の捜査は行き詰ってたわけだし」

 と九道の言。見れば、やれやれと言った調子で額の汗を拭いており、その後ろでは、「ふー! ふー!」と荒い息を吐くぬいぐるみの姿がある。一応宥(なだ)め終わったらしい。

「にしてもカリカリしてるな、あいつ。小魚でも食べた方がいいんじゃないか」

「現在進行形でイライラの元になっているお前さんが言っていいセリフではないと思うけどね、それは」

「そうか。まぁどうでもいい。そしてお前の言う通り、趣味だけでもわかっていて本当によかった」

 適当な相槌(あいづち)を打ちつつ、俺も自分用に買っていた○スドのドーナッツを口に運ぶ。甘いものはそこまで好きじゃないが、偶に食べるのは悪くない。

 そう、手掛かりもほとんどなく、行き詰ったかのように見えたこの捜査。しかし突破口はあった。それは星が好きという彼女の個性である。

 星が好きな彼女は、それこそよく星を見に外に出ているようである。事実、俺と彼女が初めて会った時だってその時だ。そこで俺は「頻繁(ひんぱん)に外出して天体観測を行うほど星が好きなら、一度くらい、うちのプラネタリウムを利用したことがあるのでは?」と思ったのだ。

 別に自慢ではないというか、正直なところ忌々しいとさえ思っている話だが、ウチのプラネタリウムはここいらでは結構な有名施設である。市の観光名所の一つにすらなっており、設備はそこらのプラネタリウムよりずっと上質だと言ってもいい。

 つまり、星好きにとっては絶好の行楽スポット。いくら星が好きだと言っても、毎度毎度外でばっか見るわけじゃない。うちのプラネタリウムを利用する時もあるだろう。何の用もないのにしょっちゅうやってくる九道みたいな奴もいることだし。

 そして、そこから後は芋づる式。館長の息子という特権を利用し、職員に聞き回ったり、データベースにアクセスして利用者のプロフィールを検索した結果、見事に住所を特定した俺達は、すぐさま星河邸に直行して張り込みを決行。数時間に渡る戦いの末、上空からふわふわりふわりと降り立ってきたミハエルの捕縛に成功したのだ(因みにこの捕縛時と、現在奴を縛るのに使っている縄は、シベリアの天術で対天使用に強化されたもの。ここらはあのぬいぐるみが役に立ったと素直に賞賛できる点である)。

 とはいえ、捕まえたら捕まえたで、今までとどの役にも立たなかったドーナッツ馬鹿ことマロンが「なにをしているの、スバルん! ミハエル様をこんな風に捕まえるなんて……ひどい、ひどいわ、なんてひどい! ダメよ、どうせならもっと強く、キツく、そして甘美な感じがするように締めて差し上げないと! そう、まるで打ち寄せる希望を鮮やかな絶望に変えて、仕組まれた運命をもこの手で砕くほどに!」とうるさかったが、そこは前もって買いだめしておいたドーナッツで懐柔。そして今に至る。

 というかあいつ、食欲にしか関心がないと思ったら、まさかそっち方面にまで理解があったとは……シベリア曰く「地上に来て初めて入ったネットカフェと、そこで知り合った茶莉依(さりえ)のせい」とのことだが……なんにせよ、やはりさまざまな意味でこの国はいっちゃってるなと思った。まさに未来にしか生きていない。

 ――と、紆余曲折脱線中断もあったが、これにて説明終わり。こういう経緯を経て、俺達は星河恵美邸を訪れ、ミハエルを捕まえることに成功したのである。とーびんと。

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