※※※
結局、九道は最後までしっかりとプラネタリウムを眺めていた。途中で帰るのかと思いきや、しばらくずっと見させて欲しいと頼み込んできたので、機械を片付けることを条件として居させることにした。
俺は少し休憩が取りたかった為、外へ出た。
ここは都会からは少し外れた場所。地味に観光名所としても有名らしいが、平日となると人はそこまでやってこない。休日の方が忙しいのは確かだった。プラネタリウムがある施設の周りには、広大な敷地を使用していることもあって広い庭が用意されていた。それと、天体観測用の大型望遠鏡も備え付けられている。星を見る分には完璧な場所だった。
とはいえ、それ以外にあるものと言えば、ビルが並んでいたり、コンビニがあったり、ちょっとしたデパートがあったりと、周れる場所は少ない。電車に乗って外へ出た方がいいかもしれない。
「……」
適当なベンチを見つけて、俺は空を見上げた。
時刻は昼頃を指している。故に、未だに星は見えないだろう。太陽が頭上まで登り、光を放っている。容赦なく放出されたそれは、地面を突き刺して熱を湧き上がらせる。季節によっては凶器になるかもしれない。
星空を眺めていると不安になる。自分が何処までも小さな存在のように感じてしまうからだ。もしこの地球上に住んでいる人間達を星に例えたとするならば、個人の輝きなんて簡単に埋もれてしまうかもしれない。
スバル、という名前があまり好みではないのは、そう言った理由があった。プレアデス星団なんて大層な存在ではない。俺一人なんて、本当に小さくて、透明な存在。星のような光を放つこともない。完全に名前負けしていた。
「はぁ……」
自然と溜め息をつく。今日短い間だけでも何回出たのかが分からなかった。
どちらかと言えば、俺は夜空より青空の方が好きだ。星を見なくて済む。頭上に登るのは白い雲と青い空、そして太陽。これ以外のものが視界に入るとすれば、空を飛んでいる鳥や、時折姿を見せている月だけだろうか。
「いたいた。ここにいたのかい。探しちゃったよお前さん」
空を眺めていると、隣に九道が座り込んできた。肩で呼吸をしているところを見ると、どうやら探していたらしいことが伺える。
「片付けたのか?」
「もちろん。いいもの見せてもらっていたからね。これ位のことはするさ。礼儀ってものは大事だからね」
「それだけの気配り、奥さんにもしてやれ」
「僕としては最大限の努力をしたつもりだったんだけどなぁ……」
事あるごとに『奥さんとの離婚』というワードを使用すると、面白い位に反応する九道。前からも使っているが、面倒になったらこれを使えば大抵何とかなるかもしれない。
「お前さんとこうして肩を並べて、空を見上げるのは初めてかもしれないなぁ。いやぁ、たまにはこういう日もあっていいものだね」
「さっきまでプラネタリウム見ていただろ」
「そうじゃないんだよなぁ」
言いたいことはなんとなく分かるが、そういうことは奥さんにでも言ってやれ。心の中でそんなことを思ったが、これ以上ネタにしたら可哀想だろうと思い、留めておくことにした。
「もし、空から女の子が降ってきたとしたら、お前さんはどうする?」
「…………………………………………は?」
いきなり訳の分からない質問を繰り出してきたものだから、思わず口をぽかんと開けてしまった。それだけ、九道の質問が意味不明であることを示す。
「あー、まぁ。何というか、なんとなく思っただけだ。そこまで気にする話でもない」
「あり得ない話だ。空から落ちてきたら死ぬ」
「変に天然入った答え方するなぁ……あくまで仮定の話だし、メルヘンな世界の話だから、そこまで現実的に答えなくてもいいんだよ」
「質問の意図が見えてこない。何が言いたい?」
「本当にただの気まぐれだよ。ちょっとした現実逃避、って言えるかもしれないね」
それだけ引きずるならば早く仲直りすればいいのに。きっと本当にそのことを考えているのではないかもしれないが、心の何処かで引っかかるところがあるのかもしれない。
とはいえ、もし本当に空から女の子が降ってきた場合、高確率で死んでしまうことは確かだろう。だが、質問の意図はそこにはない。というより、聞きたいことという意味では十中八九俺の解答は間違っているのかもしれない。

「星を眺めているとさ、いつも思うんだよね。人はたまに、死んだ人を星に例えたがるんだ。それって、空に近いから星になる、って考えなのかもしれないね。でも、星は生きているんだ。無機物なんかではない。寿命だってしっかりとある。そんな星に、寿命のない死人を例えるのって不思議だなって思ってね」
「……変な考えを持つな。人が何をどう捉えようと関係ない。九道はそう考えたかもしれないが、他の人は違うかもしれない。一側面から見たらそうとも言えるかもしれないが、もう一側面から見た場合、それがまるきり変わることだってある」
今度は九道がポカンとしていた。したくなる気持ちも分かるが、最初に変な話題を吹っ掛けてきたのはそっちなんだから正直勘弁してもらいたい。
「ははは。そうかもしれないね。なら、さっき僕がお前さんに言ったこともそうだね」
「……透明の話か」
「そうそう。あれはあくまで僕視点で語った時の話だ。お前さんがど
う思っているかなんて、正直なところ分からない。だから、もし自分がそうじゃない、と思ったら、それでいいんじゃないかな」
恥ずかしそうに髪を掻きながら、そんなことを言っていた。
「……で?」
「薄いなぁ。そう更に尋ねられると、僕もこれ以上言葉繋げ辛いじゃないか」
俺に文句を言われても、まったく以てお門違いである。今更とやかく言うつもりはない。何故なら、九道が言ったことは大体合っていると思うから。
「こんな何も起きない日々、珍しいと思うなぁ」
「九道の身に色々起こりすぎただけだ。俺からしてみれば当たり前の日常だ。そう多く起きる筈がない」
「どうだろうね。今、お前さんと僕で結構フラグ立てしているとは思わないかい?」
「思わない。所詮そんなものは感覚でしかないし」
そこで一旦言葉を区切り、俺はこう言い放つ。
「そもそもそんな現象、起きるわけがない」