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 すごく申し訳なさそうにベガちゃんがマリク様の元に去って行った。ああ、そんな悲しそうな表情も似合うんだからベガちゃんったら。

 まぁベガちゃんを呼んだのがマリク様なら仕方ないよね。

「シベリアさまはこれからどうするの? お仕事に戻るの?」

「仕事に戻ってほしいのかしら? でしたらわたくしはマロンの側にいなければなりませんね。お勉強の続きでもなさいます?」

「げっ。……えんりょーしまーす」

 クルミちゃんとモモちゃんの元に戻ると、シベリアも付いてくることになってしまった。

 それを知ってクルミちゃんが引きつった笑みを見せてたけど、あれってきっと困ってる時の表情だよね? ごめん、クルミちゃん。マロンにはシベリアを止める術はなかったの。

「こんにちは、シベリア様。わたし、モモといいます」

「あら、ご丁寧にどうも。シベリアですわ。いつもマロンがお世話になって……迷惑をかけていないかしら? とても心配ですわ……。なにかありましたらわたくしの監督不行き届きということになってしまいますもの」

 なんだかシベリアの笑みが黒く見えるけど、気のせいだよね……?

「あ、そうそうベガちゃんに言おうと思ってたけど、この際だから変わりにシベリアさま聞いてよ!」

「地上人の輪っかのことでしたね……。上級天使の時に地上にいったことがありましたけど、そんな話は聞いたことがありませんわ」

 クルミちゃんもモモちゃんも、またか、みたいな顔して溜息つかないでよね! もう、全く信じてないんだから!

「地上人の天使の輪っかはね、実は食べられるんだよ!」

 何をバカなことを……。なんだかそんな声が聞こえた気がする。シベリアからだけじゃなくてクルミちゃんとかモモちゃんからも聞こえた気がするんだけど、三人とも失礼だよね! せめてマロンの話を全部聞いてからにしてほしいの。

「どーなっつっていうらしいの。ほらこれを見て! この本にはね、どーなっつは油で揚げた輪っかで、美味しく焼きあがりますって書いてあるの。すごいよね! 地上人はきっと自分の輪っかをどーなっつとして食べちゃったから天使の輪っかが無いんだと思うの。天使の仕事をしてた地上人は、誤って輪っかを食べちゃったから地上に降りて罰を受けてるんだと思うの。きっとその過ちを繰り返さないために、マロンたちの輪っかは食べれないものに変えられたのよ!」

 そういってみんなに証拠となる本を見せたわ。『おいしいおやつ』っていう料理本なんだけど、昔上級天使だった頃のベガちゃんがマロンのために持って帰ってきてくれたのよ。おいしそうだから自分で作って食べてみようと思ったんだけど、知らない材料が多くて作れるおやつがとっても少なかったの。そのひとつにどーなっつがあったんだけど、よく説明文を読んでみたら「おいしい輪っか」って書いてあったの! どーして今まで気付かなかったのか不思議なくらいだわ。昔のマロンはおバカさんだったのね!

「そ、そんなことが……」

 シベリアがマロンの本を食い入るように見入って呆然と呟いたわ。その表情はきっとマロンの言う事を信じてくれたってことよね! 流石はマロンの特別顧問!

「あり得ないと思うなぁ……」

「……その本を信じることはできません。第一、そのどーなっつというものが本当に存在しているかどうかも怪しいですし」

 モモちゃんがどーなっつについて存在ごと否定すると、シベリアが猛烈な勢いでそれを否定してくれたの。そこまで否定してくれるなんて、マロンのことをそんなに信用してくれるのね!

「モモといいましたね? 実際にわたくしはどーなっつというものを見たことがあるのです。上級天使として地上で仕事をしていたころに、地上人がおいしそうに食べていたことを見たことがあります。珍しい事に、マロンの言っていることが真実の可能性が出て来てしまいましたわ……。どうしましょう」

 どうしましょうって……マロンに対して失礼よ! どーいうことなの。ちゃんとこの本にも書いてあるのに……。ああ、一度でいいから食べてみたい! でも天国にはない材料ばかりだし……そもそも油ってなに? マロンが知らないだけで、料理をする人はみんな知ってるのかな? パン屋のサトウくんに聞いてみようかな……。

「ほ、ほんとうなんですかぁシベリア様……。なら兄様にも聞いてみましょうよぅ。兄様は現役の上級天使なので、きっと最新の詳しい事を知っているはずですぅ」

「そうですわね、貴女のお兄様にも聞いてみましょう。でもその前に、貴女たちはこの場所に来た目的を果たすほうが先だと思いますわ。皆様はすでにあちらにいるようですし」

 ハッ! そ、そうだった! マロンたちには大事な大事な会合があるのよ! 地上人のことは気になるけど、今はミハエル様だわ!

「クルミちゃん、モモちゃん!」

 マロンたちはマリク様とベガちゃんたちが集まっている広場へと駆け出したの。どうやらすでに話は結構進んでいるみたい。

 今度の昇級試験が終わったあと、試験監督であるミハエル様たちを集めてパーティーを開くそうなの。そのパーティの装飾について話し合っているみたいね。途中参加とはいえ、ミハエル様のためなら全力で参加させてもらうんだから!

「待って! マロンも話にいれて!」

 

※※※

 

 なんとか無事に会合も終わり、丁度地上から上級天使が帰ってくる時間帯になったの。

 あ、ちなみに、パーティーの話は結構進んだのよ。これもマリク様が話の進行役をしてくれたおかげなのよね! 残りは場所とか時間帯とか細かい事を決めるんだけど、これはベガちゃんのお仕事なの。だから次回の会合はパーティーの前日辺りになると思うわ。どうやら今回はサプライズという形でパーティーを開くそうだから、それの細かい打ち合わせをやるのね、きっと。

 シベリアに先導されるように、マロンたちは地上への出入り口に向かって歩くことにしたの。通常ゲートって呼んでいるそうなんだけど、本当は上の中級天使からしか知ることはできない場所なんですって。だからマロンたちがこの場所に来たことは秘密ね!

「貴女方、足元に注意してください。ところどころに穴がありますの。わたくしは飛んでいるから問題ないのですけれど、中級天使卒業まではむやみに飛べない規則なのですから落ちないでくださいね。落ちたら楽園には帰って来られなくてよ」

 ひえ~落とし穴があるの? そんなのどうやって見分けるんだろう?

 辺り一面真っ白な絨毯で埋まってるのに、穴があるなんてとても思えな――

「きゃッ!?」

 ど、どうなってるの~?

 ズボッという音と共に、マロンの右足が絨毯の中に埋まったの。理解できずに混乱していたら、段々その身体ごと埋まって行って……ってこれもしかして落ちてる? 落ちてるの!?

「た、助けっ」

「マ、マロン!? どうして言ったそばから落ちてますの!」

 シベリアが愛用のステッキを使って引き上げてくれた。……引き上げた?

「ええ? ええええええ? し、シベリア!? 今なにしたの? また天術ってやつ?」

 なんとかシベリアに助けられたけど……ん? なにかがマロンの服についてる……針?

「これは釣りざおというのですわ。地上人が落ちた人を釣り上げるために造ったらしいのです。

わたくしはこうして落ちそうになった天上人を助けるために、地上人の知恵をお借りしたのですわ。

ステッキを釣りざおに造り変えていただいたのです。もちろん通常のステッキとしての機能もあります

から安心してくださいませ」 シベリアが釣りざおとして得意気にステッキの紹介をしてきたんだけど……

正直びっくり! 地上人ってすごいのね! 釣りざおっていう便利なものまで開発してしまうなんて……。

食べられる天使の輪っかを作っているのも地上人だし、ますます興味がでてきたわよ!

これは徹底的に調べなくちゃね!

「ありがとう、シベリア様! その釣りざおってとてもすごいのね! 地上人ってすばらしいわ!」

「はぁ……まったく。マロン、気をつけてくださいね。穴の場所は周りより少し色が濃いはずです」

「は~い」

 ほっとしたようにクルミちゃんもモモちゃんも微笑んでくれたの。心配してくれたのよね。

ありがとう二人とも! それでこそマロンの友達だわ!

「もうマロンちゃんはドジなんだからぁ」

「びっくりさせないでください、マロンさん。心臓が飛び出るかと思いました」

 あれ? 心配、してくれたんだよね……?

「あ、兄様ですぅ。お帰りなさい!」

 ゲートから現れたクルミちゃんにそっくりの人が現れたの。名前はミルクくん。好きに呼んでっていわれたから、マロンはミルくんって愛称で呼んでるのよ。

「うえ? クルミじゃん。え、なに? どったの? なしてここにいるん? ここってゲートだよね? あれ、俺間違えてここにいる? いやいやいややっぱここゲートやんね? うえ? やっぱどったの? ってかシベリア様いんじゃん!? お久しぶりっす!」

「はい、お久しぶりですわ。でも変わっていませんね、そのお喋りな所は」

「うえ? そう? そう? やっぱ俺って煩いっすか? いや~これでもあんま喋んないようにはしてるんすよ。あ、で? どしてクルミいるん? マロンちゃんもいるし、見たことない子もいるけど……。まぁシベリア様いるし、ここに来れた理由はわかるけど」

「兄様に聞きたいことがあるんですぅ」

「うえ? 俺に聞きたいこと? どうぞどうぞ、聞いて聞いて!」

 ゲートの前で話すのもなんだからってことで、一度マロンたちは移動することにしたの。

 でも本音をいうとこのゲートって……少し。ううん、結構気になるよね。どうしてここからしか地上にいけないのか、とか、さっきの落とし穴からいったらダメなのか、とか。

「マロンッ!」

「へ?」

 シベリアの声が聞こえたと思ったら、いつの間にか身体が傾いていて……。

 あれ? これってもしかして……。

「きゃーーッ!」

 丁度ゲートの真横に落とし穴があったみたい!

 気がつけばシベリアたちの顔が遙か遠くにあって、マロンはどんどん下に落ちて行ってるみたいだった。

こんな感覚始めて。これが空を飛ぶってことなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マロン! マロンッ!」

「し、シベリア様、落ち着いてくださいっす! と、ともかく上に報告しないと……」

「ミルク、報告はお願いしてもよろしいですか? わたくしはすぐさまマロンを追わなければ……。監視が付いていない以上、ここで見失っては永遠に探しだすことが出来なくなってしまいますわ!」

「……わかりました。気を付けてくださいっす」

「ええ。……マロン。どうか無事でいてくださいまし」

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